あなたへ捧げる誓いの言葉
彼はアナグラの廊下を足早に歩いていた。今歩いている廊下の先のアリサ・イリーニチア・アミエーラの部屋へ。
部屋の前に着いて一度深呼吸をして、自身を落ち着けてから扉をノックした。
「はい。開いてるのでどうぞ」
部屋の中のアリサの返事を聞いて彼は扉を開けた。
「今日の討伐はどうだったアリサ?」
入ってすぐに彼はアリサに向かって話しかけた。
背中より少し上ぐらいになった髪を持ち上げながら彼を見ずにアリサは答えた。
「えぇ、上手くいきました。隊員達も誰一人、怪我人もでなかったので」
「そいつは良かった。……あのさ、俺が隊長になってもう二年。アリサが隊長になって一年にもなるなぁ」
「そうですね。時間の流れは速いですよね」
「あ、あぁ! そうだな……それでアリサそっちの部隊は怪我人とか出なかったか?」
「それさっき答えましたよ? ……どうしたんですか? 何だか今日はいつもと違うみたいですけど」
いつもより会話の調子が悪い彼。普段の彼ならば言葉に詰まったり、同じ事をすぐに二度聞き返したりはしない。
アリサは気になったので聞いてみた。
「もしかしてそっちの部隊で誰か怪我人でも出たんですか? それで私の部隊の隊員の事が、」
「いっ、いや、そうじゃないんだ! あーなんていうかその」
彼に振り向いて見たアリサはますます分からなくなった。一層、口をもごもごさせる彼の挙動は慌てているようにも、照れているようにも見えた。
段々と苛立ちが強くなってきたアリサは、少しきつめの口調で彼に尋ねてみる。
「もう、どうしたんですか? いつもなら言いたい事があったら気にせず言うでしょう」
「だ、だからだな……そのこういうのは意外と緊張するというかなんというかあれなんだよあれ」
「だからなんなんですか!」
あまりにも先の進まない会話につい怒鳴ってしまったアリサだったが、彼はそんな事も気にならない程あたふたしていた。
そして覚悟を決めたように一度深呼吸して、アリサに真剣な視線を向ける彼。彼の視線を受けたアリサは少し胸が高鳴った。
「お、俺とさ……俺と!」
彼の言葉を遮るように緊急召集をかけるサイレンが部屋中に鳴り響いた。
「緊急招集のサイレン!? 話は後です。早くツバキさんの所に向かいましょう!」
直ぐに扉に向かったアリサだったが、呆然と立っている彼が邪魔で部屋から出ることが出来なかった。
「何してるんですか!?」
「…………あ! あぁすまん!! 早くツバキさんの所に行こう!!」
我を取り戻したように彼は扉を開けて、アリサを振り向くことなく走って行ってしまった。
去っていった彼の背中を追いかけながらアリサは思う。
(いったい何なんですか!?)
その問いに答えてくれる人は誰もいなかった。
緊急招集により集まった彼とアリサは、雨宮ツバキから緊急招集をした理由を話し始めた。
「先程、情報部より居住区に多数の大型アラガミが向かっているとの情報が入った」
「最近多いですよね……それにしても居住区ですか」
「全くちったぁ休ませてくれってね」
彼とアリサを優しい表情で見ながら、ツバキは詳細を告げた。
「今回の標的はヴァジュラ種。ヴァジュラにプリティヴィ・マータ、それとディアウス・ピターがそれぞれ一体確認されている」
「おいおいそれって、かなりきつくな。ツバキさん今回は二部隊編成で行くのかい?」
「そうだ。お前の部隊とアリサの部隊の二部隊編成での討伐になる。今アナグラ内で一番コンビネーション率が高い部隊で挑んだ方がいいだろう」
「まぁ……そうですね。私と彼の部隊が一番適任かもしれません。ですが……サクヤさんとソーマさん、コウタは?」
ブリーフィング用の書類を一度見たツバキは、アリサの質問にやや困ったような表情になる。
普段のツバキならこんな表情はしない事を知っていた彼とアリサは、二人でツバキをじっと見る。
「それが居住区以外にも多数のアラガミが出現してな。サクヤ達はそっちに向かっている」
「はぁ……今日は厄日ですね」
「まったくだな」
ツバキが答えるよりも早く彼が答えた。
部屋に来た時から態度のおかしい彼だったが、今の発言も実に彼らしくなかった。
どちらかというと彼は「まぁ愚痴っても仕方がないからとっとと行こうぜ!」とか言うと思っていたアリサは少し驚いてしまった。
「それでは二人とも頼んだぞ!!」
「はい! 行ってきますツバキさん!!」
「早いとこ終わらしてきます!」
ツバキに返事をして彼とアリサの混成部隊は、居住区の近く贖罪の街へと出発した。
アリサと彼が付き合いはじめてもう一年半になる。
エイジスでのアーク計画を阻止して、事のほとぼりが冷め始めた頃に二人は恋人同士になっていた。
アリサにしろ彼にしろ二人が互いを意識し始めたのは、アリサが精神を病みメディカルチェックを受けていたあの時。
新型同士の共鳴によって、二人は互いの内面や深層意識を共有しあったあの時から―――
「私は……彼のことが好きになっていた」
「俺は……アリサのことが好きになっていた」
決して共鳴をしたからではない。
あれは一つの切っ掛けであって、その後の命がけの戦いの中で二人は互いを大切に想っていったのだ。
彼はコウタやソーマに。アリサはサクヤやツバキに。それぞれがそれぞれの人達に自分の想いを伝え、励まされた。
そして二人は想いを告げあった。
それから一年半。流れた時間以上に互いを大切にしあって生きてきた。
贖罪の街特有の乾いた風が混成部隊を包み込む。普段の街と違って今日は大量のアラガミの気配と非常に濃い殺気を放つ三頭のヴァジュラ達。威風堂々と君臨する彼らの威圧は生半可なものではなかった。
「小型アラガミの量が圧倒的に多いですね。それにあの三種のヴァジュラ……これは覚悟を決めないと危険です」
「なぁアリサ、あのディアウス・ピター俺を睨んでない? 神機に染み付いた同属のなんかに反応してんのかな」
「そんな事は無いと思いますけど……意外とそうかもしれないですよ?」
「うわぁやだやだ。…………それじゃあお前ら。これから言う事を肝に銘じて戦闘に挑め!」
部隊の隊員全員を見回して、彼とアリサは大声で告げた。
「「死ぬな、死にそうになったら逃げろ、そんで隠れろ、運が良かったら……隙をついてぶっ殺せ!!」」
それは亡きリンドウの、仲間達に教えてくれた言葉だった。
彼とアリサは隊長になってから、この言葉を次の隊員達に受け継いできた。一つの生き残るジンクスとして。
隊員達の了解の合図と共に戦いは開始された。
二人の予想以上に戦闘は苛烈を極めた。
大量の小型アラガミに併走して襲い掛かってくるヴァジュラ種達。
前線として彼とアリサの二人が突撃をしかけ、攻撃を集中させた所で混成部隊が援護と総攻撃をかける作戦は上手く行きヴァジュラとプリティヴィ・マータを撃破することに成功。
だが、隊員達の負傷も並々ならぬものになり各箇所に待機をする隊員が徐々に増えていった。
その中で互いに背を預けあいながらアラガミを撃破していく、彼とアリサの姿は隊員達の目からは戦神と女神にも似た光景をみせていた。
「アリサアアアアアアッ! まだいけるなッ!!」
剣形態から銃形態に変更し、重い一撃をアラガミに向けて放ったアリサが叫び返す。
「これからが本番ですっ!! そんなことより脇から来てますよ!!」
突如飛び出してきたディアウス・ピターを前にして、懐からスタングレネードを取り出し地面に向けて投げつける彼。
閃光が空間を覆うい甲高い獣の咆哮が響き渡る。その隙を彼は見逃さずディアウス・ピターの眼球を切りつける。
飛び散る飛沫の尾を引きながら、ディアウス・ピターは最速の動作でその場から姿を消していった。
「ふぅー。さすがはアリサ…………また命拾いしちまったな」
「私の目の前でくたばってもらったら困ります。どうせなら私が見ていないところでくたばってください」
「くー! 俺の彼女は厳しいねぇ」
「戦場で何言ってるんですか貴方は! まったく……ちょっと照れるじゃないですかっ」
アリサの頬に朱がさしていく。
先程の危機を忘れたかのように二人は話し合う。
「それはそうと……これは結構大変だな。まともに動けるのは俺とアリサ、それに混成部隊の数人だけか」
「今回はいつもの数よりも数倍以上の量に、ヴァジュラ種三体ですから。むしろまだ死人が出ていないのが凄いくらいです」
「…………リンドウさんのおかげだろ。きっとあの人が守ってくれているんだよ」
「リンドウさん……そうですねきっと」
彼はそこで話を区切ってディアウス・ピターの逃げ去った方向へ歩き出す。
休憩の時間は終わったのだ。
「さーて、あの野郎狩ってアナグラに戻ってビールでも飲もうぜ」
「私は……ビールよりワインの方が良いですね。貴方この前の配給で持って行きましたよね?」
「あはははははは」
「まったく……そうやって誤魔化しますかっ」
他愛も無い話をしながらディアウス・ピターの向かった先、建物の中へ足を踏み入れる。
瞬間、天井が雷球によって破壊され、瓦礫の山が彼らの頭上に降り注いだ。
一番建物内部側にいた彼は直ぐにアリサ達を突き飛ばした。
「!!」
降り注いだ瓦礫が山となりアリサ達と彼を分断する。奇しくもその光景は―――あの時の再現だった。
土煙が止み目の前に築き上げられた山を見て、ただただ息を呑むアリサ。
フラッシュバックする過去の映像、そして無意識の内に、
「―――――いやあああああああああぁぁぁぁぁぁああああああああああああああっ!!!!!!!!」
アリサの絶叫が贖罪の街に響き渡った。
伝えたい言葉があった。
彼女が帰ってきたら、きちんと言おうと、何度も、何度も。
でも、勇気が足りなくて、今日まで、伝える事が出来なかった。
だから、今度こそ、この任務が、終わったら、きちんと彼女に―――――
アリサに伝えるのだと。
「アリサ……俺だ」
「!!」
瓦礫の隙間から彼の声を聞いたアリサは、直ぐに近寄った。
直ぐに彼の名前を叫ぼうとしたアリサだったが、彼は手を伸ばして彼女の口元を覆った。
「(叫ぶなアリサやつらに感づかれる)」
直接脳に届くこの声は、共鳴の時に聞いていた彼の声だった。それが分かったからこそアリサは叫ぶのを止める事ができた。
「(あの時以来だったからちょっと不安だったが……なんとか成功したみたいだな)」
「(…………無事……なの?)」
「(……良く聴けアリサ。今、ディアウス・ピターが二体こっちを見て警戒している。片方はさっき俺が傷を付けたやつだ……おぉ睨んでる睨んでる)」
「(そんなことより無事なのっ!?)」
アリサの悲痛な叫びが彼の脳内に響き渡る。
「(あぁ、俺は大丈夫だから心配するな。だからアリサ…………全力でこの場所から隊員全員を連れて離脱しろ)」
「(そんな事……貴方を置いて出来るわけが、)」
「(馬鹿野郎! お前は隊を率いる部隊長だぞ!! ……リンドウさんの言葉を思い出せ!!)」
「(それでもっ)」
まだ反論しようとするアリサに向かって彼はきつい一言を投げかける。
「(俺の知っているアリサ・イリーニチア・アミエーラという女は、こんな時に自分を見失うような愚かな女じゃない)」
「(っ!!!!!)」
まるでアリサは冷水を頭からかけられたように感じた。だからこそ今の状態を冷静に考え直す事ができた。
「(今、部隊は負傷者が八割。敵アラガミの数は小型がまだ少数。大型が……ディアウス・ピターが二体。事前情報と違うわ)」
「(ところがツバキさんは"多数の大型アラガミ"と言っていた。情報を鵜呑みにしすぎた俺達の責任だ)」
溜息にもにた空気が流れる。このままでは全滅もありうるし、運が良くて数人の死傷者ですむ。
部隊長としてこの判断を間違える訳にはいかなかった。しかしアリサは割り切る事が出来なかった。
「(私は貴方を置いて…………行けないっ)」
「(アリサ………………はぁ。分かった帰ったら言おうと思ったんだが、今……言おう)」
一拍の間を持って彼はアリサに告げた。
「(アリサ、結婚しよう)」
この言葉を自分自身に伝えるまでにどれだけの時間をかけたのだろう。彼の心境を考えたアリサは涙を流しそうになったが、寸前で止めた。今、涙を流すわけにはいかない。ただの女の意地だとしても。
「(それと似たような事……コウタが見てたバガラリーでありましたよね?)」
「(おいおい最速でネタ割れされだぞ。ほんとに厳しいな俺の彼女はっ)」
「(…………それにあのシーンの後は……主人公は帰って、)」
「(俺さちょうどその後の話見てないんだわ。ネタ割れは許すけどネタバレは許さねぇぜ)」
アリサが決定的な事を口にする前に彼は会話を止めた。
「(じゃあー後は頼んだ。帰ったら結婚式を盛大に行うぞ!)」
「(私の返事は聞かないで結婚式するつもりですか? ほんとにもう……)」
名残を惜しむ時間はもう無かった。アリサは立ち上がり、最後に彼の手に自分の手を重ねて、
「(必ず生きて帰ってきてくださいね。純白のドレス着て待ってますから)」
返事を告げた。
「(良い返事だっ! 必ず攫いに行ってやるから待ってろよアリサ!!)」
彼もまたそれに答え、アリサは重ねた手を解き彼の元から走り去った。
背後から爆音と二匹の獣の咆哮が、贖罪の街に響き渡った。
撤退の道中、多数の小型アラガミに襲われながらもアリサの活躍によって、何とか部隊全員が死傷者を出すことなくアナグラに帰還した。アリサ自身も多数の傷を負ったが致命傷はなく、無事に帰還できたといえた。
ただ一人、部隊長である彼を除けば。
「アリサ……あいつはどうした!?」
帰還した部隊を見回して彼がいないことを確認したツバキがアリサに尋ねる。
尋ねられたアリサは無言で首を振った。それでツバキには通じた。
「くっ!」
ツバキは感情的にならないように勤めた。目の前にいるアリサですら感情を抑えているのに支部長の自分が感情を表に出して叫ぶ訳にはいかなかった。
「私は信じていますから」
ふらりと立ち上がったアリサはツバキに聞こえるか聞こえないくらいの声で呟いた。
「隊長どちらに? 怪我ならすぐに見ます」
傷ついた隊員達を介抱していた衛生班の一人が声をアリサに声をかける。
「大丈夫。私は比較的軽い方だから医務室で自分で処置してくるから」
歩き出したアリサは後ろを振り返らないまま真っ直ぐ医務室へ向かった。
その後姿をツバキはやるせない表情で見つめていた。
「何が軽いだ…………誰が見たって一番傷ついているのはお前だろうアリサ」
ツバキの言葉がアリサに届く事は無かった。
数日経って、彼の消息が依然として掴めなかった。
傷を癒したアリサも捜索隊に加わり必死に探したが、彼がいなくなった場所には何も無かった。
たがその周辺を探しまわり、一つだけ発見されたものがあった。
それは彼のボロボロになった上着。切り傷や焦げ跡などが刻まれており、アリサ達が撤退した後に壮絶な戦いがあったことは明白だった。
上着は捜索隊の手からアリサへ直接渡されることになった。これはツバキのアリサを思ってのはからいでもあり、アナグラ全員の意思でもあった。
彼の上着発見後、腕輪及び神機の反応が消えた為に捜索は打ち切りとなった。
捜索を打ち切ると告げられたアリサは彼を失った時と同じ表情で、
「そうですか……分かりました」
と一言だけ呟いて部屋に戻っていった。
部屋に戻ったアリサを追うようにしてリッカが部屋に訪れた。
「アリサさん……これ彼から頼まれていたものです」
そっと取り出したのはリボンが付けられた白い大きい箱だった。
「それは?」
「開けてみて下さい。私にはそれしか言えません」
リッカはそれだけ伝えると、大きな箱をアリサに渡して部屋を後にした。
部屋から出ていったリッカを見届けてから、言われた通り箱を開けると中には純白のドレスが入っていた。
「っ!?」
それは不意打ちだった。
彼との今までが一気にアリサを襲う。
どんなに反応が無くなっても彼がまだ生きているんじゃないか? という希望を捨てなかったアリサにとって堪えていた感情がどんどん溢れ出す。
感情と共に溢れだしそうになる涙を必死に堪える。
アリサは彼と離れたあの日以来、泣くことはやめたのだ。
泣いてしまったら彼が本当にいなくなってしまう気がしたから。
「私はっ! 私はっ!!」
アリサの声が、部屋を満たした。
どんなに苦しくてもアリサは決して泣くことはなかった。
「サクヤさん。お願いがあります」
サクヤは部屋に入ってきて突然頼み事をしてきたアリサに驚いていた。
「アリサ……その手に持ってるのは、」
「彼が…………私の為に作っておいてくれたものだとリッカさんから渡されました」
「そう彼が」
「だからサクヤさん」
アリサは真剣な表情でサクヤに頼んだ。
「彼との結婚式……手伝ってもらえませんか? 私一人じゃドレスの着方も分からないんです」
サクヤはアリサの表情をもう一度見る。その目に宿った決意を。
揺るがないものを感じとったサクヤは首を縦に振った後、
「やっぱり……あなたは強かったわね。私は、そこまで出来なかったわ」
「何を言っているんですかサクヤさん! サクヤさんだってまだリンドウさんが生きてるって思ってるでしょう? それと同じ事で……ただ私はそれを形にしないと……もう耐えられないだけなんですよ」
アリサの優しさを受けたサクヤは皮肉を口にする。
「ほんと、良い女を待たせるのが好きよね。あの人達は」
「もう……ほんとに」
アリサは、はにかみながら答えた。
「そうと決まったら早速やりましょう! 他の男共も呼ぶわよー! コウタもソーマも今日は非番なんだから!」
「はい! サクヤさんお願いしますっ」
こうして新郎のいない結婚式の準備が行われ始めた。
準備は着々と進められ、コウタとソーマだけではなくアナグラのみんなが動いた。
みんな心から二人の幸せを祈っていたから。
やがて準備は整い、控え室にアリサ一人が座っていた。
(みんな……ありがとう)
まずアリサは自分の我侭に付き合ってくれたみんなにまず感謝をした。
そして、最後に彼に言う。
(私の我侭で先に結婚式を行うけどいいですよね? ……といっても反論は許しませんよっ)
くすりと笑う。ふと彼の笑い声が聞こえた気がしたのだ。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
立ち上がり、ゆっくりと歩き出すアリサ。
花嫁衣裳が白い肌と相まって一つの神々しさを感じさせながら、向こう側にバージンロードが広がる扉を開け放った。
バージンロードはゆっくりと歩く。
視線は遠くを見ない。涙が溢れそうだから。
左右にはアナグラのみんな。
サクヤさんやツバキさん。そしてコウタとソーマさんもいる。
ここにリンドウさんとシオちゃんがいないのは凄く寂しいけど、きっと見ていてくれる。
これできちんと自分の心に決着をつけられる。だから良いよね? 私もう……。
今まで堪えてきた涙がどっと溢れ出そうとする。
まだ駄目。
誓いの言葉を終えるまで。
そう心に決めて、涙を堪えて、アリサはバージンロードの先を見た。
そこには神父役の人が立っていて、その近くに上半身裸の男が立っている。
ゆっくりと歩みを進めるアリサは、もう一度だけ左右を見回す。
左右にはアナグラのみんなの顔。
神父役の人以外は誰一人として欠けていないことを確認して、最後にバージンロードの先を見る。
そこには確かに上半身裸の男がいた。
よく見れば所々から血を流しており、しかしそんなことは関係ないと言わんばかりに直立している。どちらかといえば緊張しているのかもしれなかった。
そこまで確認して、アリサは走り出した。ドレスが乱れるのも関係ない。ただ一途に。
辿り着いたバージンロードの先、上半身裸の男がアリサに振り向く。
「わりぃ! 遅れちまったっ!!」
紛れもなく消息不明になっていた彼だった。
今まで堪えていた涙が溢れ出しアリサの顔を濡らした。
そして彼の胸元へ抱きついた。
「おいおい何で泣いてるんだアリサ……俺は必ず攫いに行くと約束したはずだぜ?」
「だって……だってぇぇえええ」
溢れ出す涙は止まらずアリサの頬を濡らし続ける。
「あーあーこんなに泣いちまって。サクヤさんが折角してくれた綺麗な化粧が台無しだぞ」
そっとアリサの目頭を拭った。
「っ……もうなんなんですか!? どこにいってたんですか!! うーあー…………そんなことより結婚式で上半身裸って……考えてみたらどん引きですよぉ」
涙声で言うアリサを宥めながら、彼は答えた。
「ついさっきまであのディアウス・ピターと戦っててな。腕輪の反応感知の範囲外のエイジスでやっと討つことが出来たんだよ」
「どこまで行ってるんですかぁ」
彼が拭っても拭ってもアリサの目から涙が止まる事はなかった。
「いや本当はそこまで追う必要は無かったんだが……何故か支部長とか、リンドウさんの顔が頭を過ぎってさ。これは何か言いに行かなきゃいけないような気がしたんだ」
「そ、そんな事言って私が納得すると思ってるんですか!? どれだけ心配したと思っ、」
アリサが言葉を言い切る前に、彼はアリサの口を自分の口で塞いだ。
周りが驚く中、彼はお構いなしにアリサとキスをし続ける。二人の口が離れた後、アリサの目からはもう涙は流れなかった。
「……ずるいですよ」
照れ隠しに俯き顔になりながらアリサは彼に文句を言う。彼は平然と笑って、
「ずるくて何が悪い? そんなことを言うアリサが可愛いからまたキスしたくなってきたぞ」
再びアリサの口を奪った。
二人に向かって周りから喝采と野次が飛び交う中、サクヤが言う。
「ふぅ……全くあの二人はほんと」
「馬鹿だよねー」
「あぁ。馬鹿だな」
サクヤの言葉に続くようにコウタとソーマが繋げた。
そして最後に。
「へぇあの二人結婚したのかぁ」
突然の懐かしい声にその場にいた三人が耳と目を疑った。
そして、いち早く我に帰ったサクヤが笑顔で言った。
「どれだけ私を待たせれば気が済むのよ……ふぅ…………おかえりなさいっ!」
涙ぐむサクヤの言葉が周りの声に吸い込まれていき聞き届けたのはその場にいた彼らと彼だけだった。
キスをし終わり、改めて神父の前に並ぶ彼とアリサ。
神父の宣誓が終わり誓いのキスの前にアリサが彼に言う。
「実は私好きな人が出来て、結婚する時に言おうと決めていた言葉があるんです」
「へぇそれは楽しみだ。俺なんかで大丈夫か?」
「あなた以外に誰がいるんですかっ! もう……冗談いれないでください! 真剣なんですからっ!!」
「分かった分かった。それでその言葉って?」
一度深呼吸してから、アリサは彼に伝えた。
「Я тебя люблю!」(ヤ リュブリュー ティビャ)
聞き届けた彼はアリサにそっと顔を近づける。
二人は神父の前で口付けをし――――――――――――――永遠の愛を誓った。
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