カレカノ 【4話】


 薄暗い部屋の中に、朝の日差しが差し込む。
 日差しは彼の瞼を照らし徐々に瞼は開いていく。―――そして彼は目覚めた。
「ふぁー! 良い朝だ!!」
 いつもの通りに外のポストから新聞紙を手に取り、リビングへと向かう。
 朝食のトーストを焼いている間に薬缶に水を入れて火にかける。
 一連の動作をこなした後に持ってきた新聞紙を広げ流し読みをし……彼は気づいた。
「あれ、日付が俺の記憶より二日多い?」
 急いでテレビの電源をつけ、朝のニュース番組へチャンネルを変更。時刻と共に司会進行役が立つ辺りに配置されている今日の日付を凝視。
 間違い無く二日経っていた。
 絶望感に浸り続ける彼の後ろでピーーー! というけたたましい薬缶の音が鳴り響いていた。

 そもそも寝る前に遅い時間まで作業をしていたのが、原因だったことは分かっている。作業自体は長引く予定は無かったのに伸びた理由は変な所でミスをしていて、それが後になればなるほど致命的だった事に気づけなかったからだ。
「それでも……それでもさぁ」
 何故に寝過ぎてしまったのか? それもよりにもよって昨日に起きれなかったなんて……。
 落ち込む心で今度は壁に掛けておいたカレンダーで過ぎた日にちの所を見る。赤く丸がしており太い文字でしっかりとこう記されていた。
『私の誕生日!!!!!!』
 時間を戻す事なんて出来やしない。単純明快な常識を目の前に突きつけられた気分だった。
「怒ってるなんてもんじゃないよな……」
 次に見たのは携帯電話。紫色のメール受信と緑色の電話のランプが点いていて、開いて確認すればそこにはメールと電話が二桁単位で彼自身の罪を物語っている。
 恐る恐るメールを開いてみると色々反芻したく無い文章が綴られており、最後のメールを開き書いてある文章を読む。
「「馬鹿っ!」 ……か」
 止めだった。

 いつも以上に味気無い朝食を済ませて、二階の自室に戻る。
 部屋に戻って手っ取り早く外行き用の私服に着替え、財布と携帯電話、それと彼女に渡す為のプレゼントを肩掛けの鞄に入れて彼は部屋を出た。
 火の元を確認して玄関へ向かい靴を履く。外に出て鍵をかけて彼は走り出した。
 いつもなら直ぐに携帯に連絡を入れて謝っているのだが、今回はそれすらも出来ない事態だと彼は焦っていた。
「普段なら構わず入ってくるのにっ」
 彼は彼女に合鍵を渡しているのに彼女が家に来た形跡は一切無かった。そこから考えられる事は一つだけ。
「あいつ……本気で怒ってるなぁ……」
 彼女が本気で怒っている時は一切携帯で連絡する事は出来ない。彼女曰く「本当に反省してるなら電話やメールじゃなくて、面と向かって謝るべきでしょ? これは私にも言えることだからあんたが本気で怒ってる時は同じ事して良いから」だそうだ。
 幸い今の今まで彼も彼女もそこまで怒るような事態は無かったのだが、今回初めて彼女を本気で怒らせてしまった。
「謝ったって許してくれるか分からないけど……それでも謝って謝り尽くしてみせる。だって俺が全部悪いんだから!」
 息が切れても彼は走り続けた。この道中こそが彼女への償いのように、足がどんなに笑っても彼は走り続けた。
 彼女の家はまだまだ遠くても。

「ぜぇーー……はぁーーー…………」
 都合何キロ走ったか分からないが、彼は遂に彼女の家に辿り着く事が出来た。
 息は絶え絶え、足は爆笑、心臓の鼓動は熱いビートを奏で続けている。右腕を壁につけて体重を預けながら震える左手の指先でインターホンを押す。
 ピーンポーーンと緊張の欠片も無い音が、家の中から聞こえてくると同時に中からどたどたとした音がゆっくりと玄関の方へ向かってきた。
 まずは一も二も無く謝るともかく謝る謝ってからきちんと事の次第を話してそれで今日しっかりと誕生日を祝う出来る俺なら出来る絶対に出来る。と念じながら彼は玄関の開く音で俯いていた頭を上げた。
「ごめ―――」
 衝撃と暗闇が彼の顔面を襲った。
 まず顔面に枕が直撃する。機先を制された彼に次に襲い掛かったのはミシリと腹部への衝撃。視界が完全に真っ暗だったので一切の回避行動は不可能だった。
「かっ……はっ」
 続けざま顎への重い一撃。この時点で彼の脳は揺さぶられ平衡感覚を失い、止めに上段蹴りを決められて隣の家の塀まで吹っ飛ぶ彼を一瞥すらしないまま彼女は家に帰っていった。

 壁に打ち付けられて倒れた体をゆっくりと起こし、コンクリートの地面に彼は座り直した。
 体中いたる所が痛かったが、何より一番効いたのは顎への一撃。あの攻撃が無かったらもう少し早く起き上がれただろう。
 今でもまだ頭がふらふらしていて立つ事が出来ない。
「相当怒ってるとは分かってたけど……加減というかそもそも容赦が一切無い」
 昔から彼女は色々な格闘技の技をどっかから覚えてきては、暇を持て余すと彼に技をかける事を良くしていた。
 しかし普段は緩く技をかける程度の彼女も、今回という今回は殺傷領域に近いものがあり彼女の怒りの度合いが良く分かる。
「……少しでも隠れて鍛えてなかったらと思うとぞっとするな」
 日々、彼女に技をかけられても大丈夫なように筋トレをしていたのが幸いしたとも言えるが、彼女の方も彼が少しづつ筋肉が付いている事は承知なので、見越された分このダメージで済ませている辺りまだ彼女の優しさがあるのだろう。
 それでも殴られた箇所は非常に痛い。精々立って歩ける位の余力を残してくれた程度だが―――
「それだけあれば十分だ」
 まだ多少ふらつく頭を気合でねじ伏せて彼は立ち上がった。
 一歩目はやはり蹈鞴を踏んでしまったが、二歩目以降はしっかりと歩き出せた。
 再び門の前に立つ。先程と同じように壁に寄りかかりながら彼は左手の指先をインターホンのボタンに近づけ、押した。

 ピーンポーーンと鳴り響く。
 瞬間、扉が開き先程と同じ速度だと思われる勢いで手に枕を持った彼女が出てきた。この事態を予測していた彼は投げつけられた枕を左手で弾く。目前まで迫った彼女は彼が開いてしまった左手側の脇腹に右フックを打ち込むが、咄嗟に右手を出した彼に受け止められてしまう。
「ふっ!」
 右手で攻撃を受け止めた彼はそのまま彼女を引き寄せようとする。だが痺れていて反応が少し遅れるのを読んでいたかの様に、彼女は止めている彼の腕を左手で払いのけ、自由になった右腕を折り曲げて彼の鳩尾に向けて肘鉄を放った。
 ずしりと重い音を立てて彼の鳩尾に食い込む。
 痛みで頭が下がった彼の顔面に彼女は止めの一撃を加えようとするが、彼の頭は下がっておらず―――彼は前に出てきた。
「なっ……くっ!」
 何とか彼女は後ろに下がろうとするが彼にタイミングをずらされたおかげで逆に距離を詰め過ぎてしまった。
 距離は双方が攻撃を仕掛けられる距離では無い零距離。
 彼はそのまま開いていた両腕を、彼女の背中に回して抱きしめた。
「ちょ、ちょっとまっ」
 彼女の制止の声を強く抱きしめて自分の胸の中に押し消す。
 そのまま暫くの間、彼は彼女を抱きしめ続けた。

「……話がしたいから離してくれないかな」
「ん……もう少しだけ」
 彼の希望も虚しくゆっくりと胸に置かれた彼女の手に力が入り始めたので、逆らわず離す。
 彼女と面と向かい合う。彼女の服装は上も下も淡いピンク色でシャツとズボンという格好だった。
 あーこいつのパジャマ姿とか始めて見たわ。
 そのまま彼女の顔を見て彼の思考は停止した。
 クシャクシャの髪の毛も目立っていたがそれよりもなによりも目の下の腫れぼったさに気づいてしまった。
 おいおいまさか……俺が来るまで泣いていたのか?
「あのさ、」
「顔酷い事になってるの知ってるから言わないで。…………全部あんたのせいなんだから」
 そう言ってそっぽを向く彼女。その一つ一つの挙動が彼の琴線に触れる。
 言っちゃいけないの分かってはいるんだが……。
「かわいいなーお前」
 つい声に出していた。
 そっぽを向いていた彼女が唖然とした顔で彼を見た後、首の根元から徐々に赤くなり耳まで赤くなった後。
「あんた今の絶対わざとでしょ」
 などと言い始めたので彼は素直に答えた。
「まさか、本音だ」
 むーと彼女は唸った後、諦めたかのようにうな垂れたので、少しだけ息を整えてからゆっくりと彼は謝罪の言葉を彼女にかけた。
「泣かせてごめん。連絡入れられなくてごめん。それと……遅くなってごめん」
「えーっとそんなに謝られても困るんだけど…………それを言ったら私だって怒りに任せてあんたの家に行けば良かったんだし」
「いや、それをするのも嫌になる位怒ってたんだろ?」
「そりゃ怒ったわよ! 私の誕生日なのになんで私があんたの家に行かなきゃ行けないの!? って思ったらもう腸が煮えくり返ったわよ。反動がさっきの仕返しなんだけどね」
 よっぽど恥ずかしいのか髪の毛を弄りだす彼女。
「ありゃー嫌というほど伝わったよ」
 まだ痛む腹を押さえる。咄嗟に体を少しずらしていなかったら確実に二度目のダウンに繋がっていただろう。
「…………まだ痛む?」
「んー今はそうでもないよ」
 実は凄く痛いんだが、そんな事を伝えられるような男がいたら無謀なやつか策士かのどっちかだろうなぁ。
 どちらかといえば彼は策士には向いていないので無謀ではない選択肢を取る。
「ふーんそうなんだぁ……」
 先程と打って変わってニヤリとした顔をする彼女。あれ選択肢間違えた俺? と直前の判断を悔いている間に彼女は彼のお腹を擦っていた。
「あー悪戯してやろうと思ったけど結構我慢してるね? じゃあいいや」
 そのまま彼の胸に収まる。
「はっ? ちょっ」
「さっきみたいにして……今回はそれで許すから。次は無いけどね」
 今回はそれで不問にしてくれると言ってくれる彼女に感謝しながら、彼は彼女を抱きしめようとして気づいてしまった。
 あれ? さっき勢いで抱きしめちゃったけど、俺がこいつを抱きしめるのさっきのが始めてじゃないかっ!
 前回は不注意で彼女の肌の感触を確かめてしまったが、さっきのは正真正銘初めての彼からの抱きしめだった。
「これ以上待たせる気?」
 いつもよりも強い口調で彼女が催促してくる。
 えぇい! 意識しなくて抱きしめたんだから意識してても出来る! 彼はゆっくりと両腕を彼女の腰に回した。
 抱きしめた彼女の体は温かくて、柔らかくて、それでいて良い匂いがした。
 根こそぎ持っていかれそうな理性を総動員して抑える。失敗は許されない。
「んーさっきも思ったけど…………あんたの胸板って安心できるわ」
「お前絶対わざと言ってるだろ」
 直ぐに言葉が彼女から返ってくる。
「まさか、本音よ」
 断言できるこいつこそが策士だと。
 顔が真っ赤になるのを自覚しながら彼は別の事に思い至った。
「そうだ言い忘れてた! 誕生日おめでとう」
「……ほんっと今更よね。まぁ……いいけど」
「そういえばさこの後どうする?」
「もちろん、一緒にデートするのに決まってるわよ」
「じゃあ行くか? もう少しでお昼になっちまう」
 そう言って離そうとした彼だったが―――

「ん……もう少しだけ」

 こいつには絶対に敵わないなと彼は理解した。


 了


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