願い事ひとつだけ……
七夕祭りの人ごみの中、友人は一つの飾りの前で止まって。
「なぁ知ってるか? 七夕の日に短冊に願いを書くと、その願い事が叶うんだぜ」
七夕飾りに付いている短冊を指しながら、唐突にそんなことを言い出す友人に、俺は呆れ口調で言い返す。
「あのな……そんなんで願い事が叶ってたら、この世の中大変だぞ?」
「そんな事は分かってんだって。ようはそういう話があるって事が言いたいの」
友人も呆れながら言った。
だが俺は事実を言ったまでだ。
「そんな当たり前のことは抜きにして、なんか願い事とかねぇの?」
「……そういうお前はどうなんだ?」
「俺か? 俺は……」
友人は少し頭を捻った後。
「あー彼女欲しいな……」
「それはまた……残念な願いだな」
「まぁ今日が七夕で、尚且つ野郎と一緒に来てりゃ願いも叶わんな」
トホホと言いながら七夕飾りから離れる友人。
少々哀れだ。
だが、その気持ちが分からないわけでもないが……俺にも三年前までは居たのだ。
彼の欲しがる「彼女」とやらが。
† † † † †
彼女とは中学三年に知り合って、高校一年まで付き合っていた。
同じ中学から同じ高校へ進学した。
俺たちの中は決して悪かったわけではない。
むしろ周りが羨むぐらいに仲が良かった。
だが……。
そう三年前の今日、この七夕の日。
俺と彼女は別れたのだ……。
俺は彼女と一緒に七夕祭りを回る為に、先に来て待ち合わせ場所で彼女を待っていた。
あの日の空は曇っていて、そして彼女は約束の時間を1時間も遅れてきた。
彼女は時間に正確な人だったのに。
「遅れてごめんなさい……」
「いや構わないけど、一通メールでもしてくれれば良かったのに。何かあったかと思って心配したぞ」
彼女は俯きながら謝った。
その時の彼女の顔はいつもと違って暗かった。
「なぁ本当に大丈夫か? なんか疲れてないか?」
「!」
すると彼女は両頬を叩いて俺の方を向いた。
「大丈夫! あなたが七夕に誘ってくれてちょっとドキドキしてるだけ」
「ーーーーっ。お前そんな恥ずかしいセリフを……」
「さぁ行こうっ」
彼女は俺の手を取って歩き出した。
そう。
彼女はいつもの明るい笑顔だった……。
祭りが最後に近づいて、俺も彼女も疲れて近くの休憩所で座っていると声がした。
「はい! 七夕の短冊売ってるよー!! これに願い事を書いて竹に飾ってね~!!!」
短髪隻眼のおっちゃんが大声を出して客を呼び込んでいる。
ぱっと見ヤクザにしか見えない……。
「なぁ短冊だってよ。あれに願い事一緒に書こうぜ」
「えっ」
「じゃあちょっと買いに行ってくるっ!」
「ちょっと……」
俺は彼女の静止を聞かず、おっちゃんから短冊を買ってくる。
「ペンもくれたぜあのおっちゃん。カップル限定だってよ」
「あ……うん……」
ペンを彼女に渡し、さっそく短冊の願い事を考え始める俺。
「ん~世界平和とかありきたりだし……即物的な願いもなんだしな……」
そんな事を口に出してはいたが、俺の願い事は決まっていた。
”君と一緒にいられますように”
「俺の願いはこれだな」
恥ずかしがりながら彼女に見せる。
そこで初めて気づいた。
「えっ……どうした?」
彼女が泣いていることに。
「っ……ひっく……」
ぼろぼろと両目から涙をこぼす彼女。
「ど、ど、ど、ど、ど、どうした!?」
気が動転し始める俺。
そして彼女は口を開いた。
「実は……私…………」
ポツ……。
額に冷たい感触がしたと同時に、音が激しさを増した。
「…………あぁ」
顔を上げると、視界一面に水が見えた。
そう、いつの間にか雨が降り出していたのだ……それも俺の心を表したかのような大雨。
(実は……私…………もうすぐ留学するの……)
その言葉を思い出すたびに、心が空虚で満たされていく。
なんで?
どうして?
そんな言葉すら出てこなかった。
ただひたすらに黙っていた。
そして彼女の手を握っていた。
だが……彼女は俺の手を解いて去っていった。
ただ分かる事は一つ。
俺と彼女は終わったのだ。
手に残ったのは短冊。
”君と一緒に……”
雨で濡れた短冊はその後の言葉を消していた。
† † † † †
あの後、彼女と会うことは無かった。
もとよりあの日が最後だったのだ。
次の日彼女は何も言わず、外国に留学していった。
最初は彼女を恨んだ事もあった。
”どうして!!” ”なぜ!?”と。
だが月日が経つと共に理解もした。
彼女もまた辛かったのだと。
だからせめて俺との思い出を大切にしたかったのだと。
なのに俺が彼女の思いを崩してしまった。
堰を切ってしまったのだ…。
それからの俺は彼女を作ることはなかった。
別に怖いとかではなく、興味が沸かなかったのだ。
「まぁ叶うといいな」
そう言って振り向くと友人はいなかった。
「あれ?」
俺が呆けているうちに、友人はこの人ごみの中歩いてしまったらしい。
「携帯電話の便利さはこういう時に気づくってか」
携帯電話を取り出して、電話をかけながら周りを見る。
すると昔聞いた声が聞こえた。
「はい! 七夕の短冊売ってるよー!! これに願い事を書いて竹に飾ってね~!!!」
「…まさかな」
そういって携帯をしまい、短冊を売ってるおっちゃんの所に向かう。
「おっちゃん」
まさしく三年前の短髪隻眼のおっちゃんだった。
「おっ兄ちゃん短冊いる?」
「おっちゃん三年前もここで短冊売ってなかった?」
おっちゃんは、ん? というと考える。
「あー! もしかしてあの兄ちゃん?」
「あのが俺かは分からないけど」
「三年前白くて金魚柄の浴衣きたおねえちゃん連れてた兄ちゃんだろ?」
白くて金魚柄……だったなあいつ。
「すげぇ記憶力だな」
「だって兄ちゃんすげぇ良い笑顔で「短冊一枚っ!!」って叫ぶんだもんよ」
……そんなことをいった気も……する。
「そういやあの綺麗なおねえちゃんは?」
「あーあいつは……」
言いよどむ俺。
それを気遣ったのか、おっちゃんは短冊とペンを渡してきた。
「これは?」
「あー何だか知らんが色々あったんだろう? 今の兄ちゃんの願いでも書いとけっ」
むりやり短冊とペンを持たせる。
「……サンキュおっちゃん」
おっちゃんに礼を言って、その場を離れた。
短冊とペンを持って、願い事を考える。
「願い事ねぇ……」
言って空を見る。
あの時と同じ曇り空。
「天候まで一緒かよっ」
一人愚痴る。
俺の願い……。
正直に言って無い。
いや……。
もし叶うなら。
俺はペンを持って短冊に願い事を書いた。
そして立ち上がり竹に短冊を飾る。
「この願いが叶うことは無いだろうけど……願うのはタダだもんな」
飾った短冊をもう一回見て、俺は友人を探すことにした。
が。
俺の視界が唐突に真っ暗になる。
「えっ!?」
突如の事で驚く。
友人の悪ふざけだろうか?
なんという乙女チックなことをする奴だ。
そんなに俺にかまって欲しかったのか?
「あのなぁ……」
呆れながら目隠ししている手を取る。
そして振り向く。
「そんなにかまって……」
欲しかったら先に行くなと……。
しかし、その二の句は続かなかった。
「ただいまっ!」
それが目の前の子から言われた第一声。
頭が追いつかない。
「あれ……私のこと忘れちゃった?」
不安そうな眼でこちらを見る。
ようやくその子の全身を確認する。
白くて金魚柄の浴衣……あの時と同じ……。
「もう……薄情ね……」
その顔に影がさす前に俺は言った。
「俺が美由紀を忘れるわけ無いだろっ」
彼女を抱きしめる。
「わっ……私だって……信悟を忘れるわけないじゃないっ!!」
彼女も俺を抱きしめる。
しばらく俺たちはそのままでいた。
「何でこの町に帰ってきたんだ?」
「それは……留学が終わったからと……」
「と?」
「信悟に会いたかったから」
だからこの女は……。
「……恥ずかしいが凄く嬉しいのがなんとも……」
「ふふっ」
笑う。
彼女のあの笑顔が今、目の前にある。
「これからはどうするんだ?」
「もうすぐ大学に編入するんだよ」
大学ね……。
「どこの大学だ?」
「●●大学」
ぶっ!!!
「えっどうしたのっ!?」
いや……まさか……ね。
「そこ俺が今行ってる……大学」
「えっーーーーーー!!」
ほんとに今日は何の日だ? ……七夕か。
「じゃあ……これからも一緒にいられるねっ」
「あぁ……今度こそな」
そうして俺たちは手を繋いだ。
これからの生活を一緒に歩むために。
一つの飾りの前に男が立っている。
短髪隻眼の男は飾りを見ていた。
「ん~あの兄ちゃん何を願ったんだろうな?」
彼は、信悟が短冊をつけていた辺りを覚えていたのだ。
「おっこれだ……」
男は目当ての短冊を見つけた。
そして、願いを見る。
「おいおいこいつは……お熱いねぇ」
そうして男は去っていく。
去り際に男は空を見る。
空はいつの間にか快晴で……綺麗な月が出ていた。
了
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