†序章†


 季節は冬。
 制服にコートを羽織っても寒さに震えながら、学校の帰り道を歩いている最中に西条義孝は言った。
「寒すぎるっ!」
 朝の天気予報で、「今日から気温がグッと下がるでしょう」等と聞いていたが予想の斜め上の寒さだった。
「何を改まって寒いとか言ってるの?」
 隣を歩いていた肩にかかる位の長さの黒髪に大きい白いリボンを付けた女の子、水無瀬雪が義孝の言葉に反応する。
「そしてお前の白いリボンを見ていると余計寒い気分になる。というか寒い」
「これは私のお気に入りのリボンなの。義孝でも文句言うなら怒るよ?」
「待て待て。ここは往来だぞ? 雪の場合は関係なく蹴るか、あいたっ!」
 言葉を言い切る前に義孝の背中に蹴りが入る。
「そう……私は往来でも蹴る女」
「それ決め台詞でも何でもない……」
 二発目の用意がされていたので、義孝は両手を突き出して雪をなだめた。

 義孝にとって雪は幼馴染の女の子。
 多分、雪にとっても義孝は幼馴染の男の子。
 家が隣同士で双方の親の仲が極端に良く、何かにつけて交流が多かった。
 日常生活からご飯、遊びに行く事も多々あった。
 そんな時間が幼小中高と続けば、もはや幼馴染どころか家族同然。
 それが義孝の認識であり、雪も同じ認識だとこの時まで義孝は思っていた。

 不意に前を歩いていた雪が立ち止まる。
「もうすぐ私達も高校二年生になるね」
「まぁそうだな。あと数ヶ月で問題起こさない限りは二年生になるな」
「義孝はどうだった? この一年」
「そうだな……。高校生になって色々馴染むのが大変だっただけで今は特に何も無いよ」
「私もそんな感じだったな。でも他の女の子とかはそれ以外もあったみたい」
 少し間を空けてから雪は義孝に言った。
「……彼氏が出来たとか」
「はははっ! そういや俺のクラスでも彼女出来たとか騒いでる奴いたわ」
「そ、そうなんだ……」
 それっきり雪は黙って考え込んでしまった。
 その沈黙の間に義孝は今の出来事を考えていた。
 いつも素直に率直に物事を言う雪が珍しく考え込んでいる。
 それも多分、流れとしては恋愛の事についてだろう。
(まさか…………雪に好きな男でも出来たのかっ! それで俺に相談したいって事なのか……?)
 義孝にとっては正に天啓に等しい閃きだった。
 咄嗟に切り替えしたので、義孝がこんな事を考えているとは雪は思っていない筈。だから雪を驚かせる意味でも義孝は自分から話題を振ることにした。
「何だよ雪。……好きな男でも出来たか?」
「へっ!?」
 考え込んでいた雪もきちんと聞こえていた様で、義孝が期待した通りの驚き方をしてくれた。
「いやだからさ好きな、お・と・こだよ」
「え、えーーーー!? 何で? 何で分かったの?」
「そりゃ俺と雪の付き合いの長さってやつだ」
「つ、つ、つ、付き合いの長さね! いやー……流石は義孝だわ」
 慌てたり、赤くなったり、納得したりして頬に手を当てながら雪は段々落ち着きを取り戻し始めていた。
「それで誰よ?」
「え」
「だから誰が好きなんだよ? 誰か分からなきゃ相談にも乗れないぜ?」
「それは……」
「んー?」
 また雪は黙ってしまった。それも頬が赤い。
「あーまさか」
「!?」
「俺のクラスのやつだな。そうじゃなきゃ俺に相談しなくてもクラスの友達とかに相談できるもんな!」
「えっと……うん。……義孝のクラスだよ」
(やっぱり俺のクラスのやつか……誰だろう? ここまで分かってもクラスに雪が好きになりそうな男なんていたか?)
 必死に考えたが候補の一人も出てこなかった。義孝はこれ以上自分から質問しても仕方が無いと思った。
 だが雪を見ると顔を赤くして俯いているばかり。
 とても聞きだせるような空気でもなかったので義孝は一計を案じた。
「あーあいつだ!」
「……?」
 俯いていた雪が義孝の声に反応して顔を上げる。まだ頬が少し赤い。
「そうだそうだ。雪が好きになりそうな男なんて一人しかいないわ」
「えっ?」
 一拍置いてから義孝は声高らかに言った。
「この西条義孝しかいないだろっ!」
 堂々と自分に親指を向ける。
 これで雪も冗談に乗っていつもの様に話せる筈だという、本日二度目の天啓だったが、
「………………」
 ぽかんと雪が義孝を見つめていた。どうやら義孝は世間一般で言うすべってしまったらしい。
 まずいと思った義孝は取り繕うために急いで話しかける。
「冗談なんだから笑おうぜ? 流石の俺も少し寂しいよ雪さん」
 それでも雪は反応しなかった。むしろどんどん顔の赤みが増していき目が見開かれていく。
 義孝はすべった代償が蹴り二発で済むだろうかと考え始めた。
 雪の口がパクパクして、義孝から目線を外し、沈黙の後に言った。
「…………………………うん。私……義孝の事が好き」
 雪の報復行動の対処を考え込んでいた義孝の思考は、雪の一言で停止した。
「えっと……何かこう言ってくれないと私も……恥ずかしい……かな」
「…………あ、あぁ」
 停止した思考でも返事が返せたことは凄いなと、頭のどこか冷静な部分で義孝は思った。
「いつから好きだったとかは……実は覚えてないんだ。ごめんねっ。でも……」
「でも?」
 思考の遠くで義孝は気づいた。いつの間にか雪の調子がいつもと同じになってることを。
「気づいたら義孝の事ばっかり考えてる私がいて……その…………友達以上の事とかも」
 言葉の最後の方は消え入りそうだったがはっきりと義孝は聞こえていた。
(友達以上の事だと! …………いかんいかん俺は何を考えているんだ!!)
 内心の動揺を雪に気づかれないようにしながら少し頭を振る。
「それでさ……義孝は私の事どう……かな?」
「俺は……」
 実を言うと水無瀬雪という女の子は物凄い可愛い。身内? ひいきと言われても仕方が無い発言だが事実、義孝の学年ではベスト3には入るんじゃないかという位だ。
 クラスの男子が言っていた「容姿は中の上だがで失礼な言い方をすれば何処にでもいる。しかし! あの元気な性格が他の女子と違って凄く良いんだ!」この発言はまさしく正鵠を射ていた。雪に惹かれている男子は学年で結構いる。
 そんな中、義孝はあまりにも雪が自分に近すぎる存在だった為にクラスの男子にも適当な返事ばかり返していたのだ。
 しかし義孝は本気になった幼馴染の可愛さを今、身をもって知る事になった。
「……俺は?」
 聞き返したが中々声に出せない義孝を見て雪ははっとした顔になった。
「ちょっと待った!」
「へ?」
 急に両手を突き出して義孝の発言を止める雪。
「きっと義孝も返事に困ってるんでしょ? そりゃそうよ誰だっていきなり脈絡無しに告白されたら簡単に返せないもの」
「え、いや」
 否定しようと出した言葉は雪には伝わってなかったようで話の先を続けていた。
「だからさ、明日! 明日の朝の通学の時に返事を下さい。それまで私待ってるから、待てるから……それじゃ!」
 言うだけ言って後ろに振り返り走り出す雪。
 振り返る前に見た顔は真っ赤で今にも倒れそうな程だった。
(………………追おう)
 どうするか悩んでいる内に、走ってやっと追いつけるぐらいの距離まで雪は離れていた。
 すぐに雪の後を追う義孝。
(雪が物凄く勇気を出して言ったのに俺は……俺は!)
 きっと雪だって即答して欲しかった事が分かっていたのに、踏み出せなかった自分自身を悔やみながら。
 ちょうど雪が十字路に差し掛かる所で義孝は追いついた。
「雪!」
「えっ! 義孝!?」
 呼び声に反応して振り向く雪。
 心底驚いた顔をしていて、義孝が追いかけてくるとは思っていなかったようだった。
 義孝はそんな雪の顔を見て、視界の奥を見て絶句した。
 雪の後ろに車が迫ってきていた。
 スピードもそこそこ出ていて、運転席では運転手がうとうとしている。今から雪に声をかけても間に合いそうには無い。
(――――おいおい、ふざけんなっ!)
 走っている速度を落とさずに義孝は雪を正面から抱きかかえる。
「ちょっと!? よし、」
 驚いて身をかたくした雪を無視する。車との距離は残り1メートル弱。
 勢いをそのままに義孝は雪を庇うように位置を前後入れ替え、足に渾身の力を入れて雪を抱えたまま体を横に飛ばす。
 ガッーーーーーー!!
 頭と背中に鈍い衝撃を受けながら義孝の意識は急速に遠のいていく。
 遠くで聞こえる車の鋭いブレーキ音。
 意識が途絶える最後に聞こえたのは、胸の中に抱いた幼馴染の声にならない叫びだった。


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