神刀夜行【2話】


 凄惨な現場を後にした俺と少女は、幸い人に見つかることもなく自宅のマンションまで辿り着くことが出来た。
「それにしてもお前は咄嗟に嘘を考えることも出来ないのか?」
「面目ない……」
 玄関を抜けて奥にあるリビングで、情けなくも少女に謝っている俺がいた。
 何故俺が少女に謝らなければならないのか、それはついさっきのこと。
 そう、結論から言うと、俺達が人に見つからなかったのは玄関前までだった。

「あぁ、こんばんは弥白さん。…………弥白さんに妹さんいましたっけ?」
「え、あーこんばんは咲ちゃんこれはですね妹……そう! あ、いや違うなえーっと」
「…………」
 スボンのポケットから携帯を取り出すと、お隣にお住まいの女子高生の咲ちゃんは目にも留まらぬ早さでボタンをプッシュ。
 携帯のコール音が数度鳴り、出た先は――
『はい。桃ヶ丘警察署ですが』
「ちょっと待ってくれえええええええ!」
 叫ぶと同時に咲ちゃんの携帯を引っ手繰ると、直ぐに電源ボタンを押して通話を切る。
「だ、だって目の前に少女誘拐犯が……! いつか、いつかやると思ってましたけど!」
「いつかやるってどういうことだよ! つーかこの子はあれだ! えーっとなんだ!?」
「きちんと素性が言えないなんてやっぱり誘……」
「すみませんお隣さん。私は弥白さんの従妹の小春と申します」
 子供特有の幼さが残る声で、少女は自分の素性を伝えた。
「従妹? あぁ従妹さん。それなら納得……? なら弥白さんそう言えば良いじゃないですか。……何でまだ挙動不審なんですか?」
「え! あー……突然今日連絡があってさ。そうそう従妹の子でね。馴染みがなくて上手く説明が出来なかったんだよ。特に俺の方が実家とかにここ数年顔出してなかったから、初めて知って余計混乱してたんだよ」
「両親が仕事で数週間海外へ行ってしまって、途方にくれていた所を親戚の方が弥白さんを紹介してくれました」
「それでさっき迎えに行ってきた所って訳さ」
 少女のあまりの機転の良さに心底から感謝した。
 流石に少女誘拐で警察のお世話になってしまうのだけは勘弁して欲しい。いやほんとに。
「そうですか。……あと一つだけ聞いても良いですか?」
「え、なんだい?」
 咲ちゃんは少しだけ言い辛そうに視線を外す。
「どうして小春ちゃんの服がそんなに赤く汚れてるんですか?」
「あ、それは――」
「これはさっき歩いていたら赤いペンキが塗りたてのシャッターに触れてしまって。弥白さんが注意した時にはもう」
「そっかぁ……」
 次から次へと話をでっち上げていく少女。
 さっきの現場でも思ったが、この少女はどこか外見と精神年齢が合っていない気がする。
 気がするだけだが……。
「じゃあ早くお風呂に入らないと。弥白さんちゃんとお願いしますよ?」
「何故ちゃんとの部分だけ強調したんだい」
「それは……誘拐疑惑は晴れても少女趣味の疑惑が晴れてないからです」
「咲ちゃん! せめて俺を見ながら言ってくれ!」
「あ! 早くコンビニに行って明日のパン買ってこなきゃ!」
 俺達の脇を足早に抜けて咲ちゃんはマンションの階段を駆け降りていった。
「全く……」
「全くはお前の方だ。今はこれ以上他の人の目に触れたくないから早く家に入れろ」
「あーそうだな今開ける」

 以上で解説終了。
 そんな訳で絶賛叱られ中である。
「嘘も方便という言葉ぐらい知ってるだろうに」
「……何も言い返すことが出来ません」
「そもそも…………ん。説教してる場合では無かったな。あの娘が言っていた通り、直ぐにでもお風呂に入りたい」
 怒り心頭だった少女は、少しだけ黙ると一片してお風呂の要求である。
「分かった。家出る前に沸かしたから直ぐに入れるぞ」
「廊下の奥で大丈夫か?」
 頷きで答えると、少女は血に濡れたドレスを翻しながら浴場へと向かっていった。
 しかし扉の手前でこちらに向き直ると、
「……覗くなよ」
 冷たい目線と言葉を置いていった。
「覗くかよ……」
 本当に中身だけが外見を裏切っているなぁ。

 少女がお風呂に行ってしまい、手持ち無沙汰になったし腹も空いたので晩御飯を作ることにする。
 と言っても一人暮らしなので材料のストックがあまりない。
 現状で二人分作れるメニューといえば……スパゲッティぐらいか。
「あと一食分ぐらいか……買い出しに行かないとな」
 早速鍋に多めの水を入れ、火にかける。
 沸騰したら塩を入れ、パスタを投入。この辺りは大分適当だ。
 茹でている最中に冷蔵庫からベーコンは……無かったのでハムと玉ねぎを出す。
 玉ねぎを薄切りにし、ハムを適当に切ったらフライパンを取り出して炒める。
 パスタの茹で上がりを確認して、パスタをフライパンに。
 適当に炒めた所で、ケチャップと少量のソースを入れ、絡んだら完成だ。
 少しだけ火が強かったのかケチャップが焦げたが、概ね美味しそうな匂いが部屋に広がっている。
「皿に盛りつけて、フォークと粉チーズを置いておけば鉄板だろ」
 さて……普段ならすぐに食べるんだが、生憎今日は一人ではない。
 時間的にもそろそろあがってもおかしく無いんだが。
「なんかトラブったか? 出来れば行きたくない……な」
 咲ちゃんのせいで余計警戒心が高まってしまった少女の元に、それも入浴中の所に行くのは気が引ける。
 しばし逡巡したが、何かがあっても困るので、結局は扉の前でまずはノックすることに決定。
「晩飯できたんだけど……もうすぐ上がりそう?」
 ノックと共にそう告げると、扉の向こうで動く音がした。
 これは色々まずい!
「あーごめん。もう少し待ってれば良かったな。急がなくて、」
「あ! 動かないで下さい! ……出来れば頼みたいことがあるんですが」
 扉の前から動こうとして呼び止められる。
 頼みごと?
「……その……服が……あれしか……無くて」
「あー……俺のでも良い? サイズ合わないけど」
「はい。それで……お願いします」
 急いで服を取りに行く。
 Tシャツとジーパンを出し、再び風呂場の扉をノック。
 少しだけ扉が開いて少女の手が、
「え?」
 その隙間から出てきたのは少女の手ではなく。
 成長した女の子の手だった。




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