外、公園にて。


 今日は天気も良いので公園に来た。
「しかし……このご時世切ないね」
 ベンチに座っている俺は周りを見渡す。
 人っ子一人いなかった。
「都会では過密化が進んでいるはず何だが、平日の昼間なんてこんなものだろうか?」
 答えるものは誰もいない。正直寂しい。
「まぁいいかー。日向ぼっこでもしながら少し寝よう」
 すぐに目を閉じて眠りに入る。
「いえいえ。人を呼んでおいて寝ないで下さい」
 突然、隣に誰かが座っている気配と共に女性の声が聞こえた。……真っ暗な夢もあるものだ。
「むっ。無視ですか? 呼び出しておいて無視をするんですか? そんな事をするなら私にも考えがあります」
 すると頬に何か触れる。触れているものも少し温かくて柔らかい。離れる。
「もう……まだ寝たふりするんですか? それなら今度は……」
 一体今度は何をする気だ? 少し待ってみると先程と同じで頬に柔らかい感触。
 しかし今度は違った。感触が徐々に唇の方に移っていく。おいおいまさか。
 悔しいが、唇ギリギリで俺は目を開けた。
「おはようございますっ」
 目の前には金髪で赤い縁の眼鏡をかけた女性がいた。
「アインか……また会えるとは思って無かったよ……というか近い」
「そうですか? 寝たふりするような人はこんな事されても動じないと思ってました」
 至近距離でにっこり笑顔を返すアイン。いやいやかなり可愛いから。
「ちなみにさっきの感触って……」
「秘密です」
「いや今のってく、」
「秘密です」
 美人さんの笑顔は時として武器になる。
「毎度の如く言うのも何だけど、俺アイン呼んで無いよ?」
「んーそうなんですか? じゃあ前回ので何か見えない縁が結ばれてしまったのかも知れないですね」
「縁?」
「そう縁です。考えてみれば名前を付けてくれた名付け親ですから……かなり濃い縁に」
「まぁアインに会える縁なら遠慮はしないけどな」
「えっ!」
 少し顔が赤くなるアイン。
 そんな中俺は別の場所に視線を向ける。
「今日は長袖のシャツにジーパンか」
「ええ。今日はラフな格好です」
「ありだな」
「ありって……そういうものですか?」
「あぁそういうもんだ……けど寒くない? 今、真冬だよ」
 アインは少し惚けた顔をしてから改めて言った。
「さ、寒いです」
「そりゃなぁ。じゃあこれでも着ろって」
 俺は自分が着ていたコートをアインに渡した。
 もそもそとコートを着るアインの仕草は結構可愛い。
「なんでじろじろ見てるんですか?」
「いやまぁ」
 半目でこちらを見るアインを無視して質問してみる。
「ここの所何してたの?」
「最近は他の方々に語りをしたりもしましたけど、一番は他の観察に行った事が大きいです」
「観察?」
「えぇ。私は色々な話を観察して皆さんに語っていますから、まず観察ありき何ですよ」
 アインは嬉々として話し始める。
 そういえばアインは語り部だから話すのは凄く好きなんだろうな。
「今も観察していたんです」
「どんな話?」
「んーそれが、まだその観察は終わってないんですよ」
「そうか残念だ。何だかんだでアインの語りを聴いた事は無かったからさ」
「ふふっ。では観察が終わったら是非語らせてくださいね」
 はにかむアイン。
「ちなみにフライングするとどんな感じ?」
「そうですね……事故で亡くなってしまった少年が神様のお願いを聞いて生き返ろうと奮闘する感じですね」
「……神様か」
 やっぱりいるんだな。
「けど、あなたってなんでも許容出来ますね。初めて会った時もすんなり私を受け入れてくれましたし」
「あー何と言うかさ、その方が面白いじゃないか」
「面白い?」
「そう面白い。誰かが言ってたんだけど、『人間が想像出来る事柄は現実になる』それが俺の中で強く根付いてるからだと思う」
 アインは少し驚いていた。
「どうしたの?」
「いえ……確かにその通りの事をあなたはきちんと理解しているのが凄いなと思って」
「実際、アインがそういうのから生まれた存在だろ? だったらこの世界では無くても、別の世界で現実になっているかも知れない。それがアインによって、裏づけられたのもあるんだけどな」
「それでも信じられない、理解出来ない人の方が殆どだと思います」
「まぁさ……アインに会えるなら幾らでも信じられるよ? 俺は」
「何であなたはそういう恥ずかしい事を平気で言えるんですかっ」
 えー恥ずかしいか?
「後さ観察についてなんだけど、アインは危険な目にあったりしないの?」
「そうですね……基本無いですよ」
「基本って事は過去にあった?」
「いえ、危険では無かったんですけど観察している私に干渉出来た人が何人か居たんですよ」
 アインは空を眺めながら思い出しているようだった。
「私は観察している時は、位相をずらしているのでまず気づかれる事は無いんです」
「位相か。直ぐ傍に居るのに認識出来ないって事?」
「それもですけど、存在自体が別位相なので物理的にも干渉が出来ないんですよ。だから観察対象の世界が消滅しても私には何の影響も与えません」
「それはまた凄いな」
「じゃないとゆっくり観察出来ないですから。私は観察して語る事しか出来ないのでそれが一種の防衛手段なんです」
「って事はそんな観察状態のアインに干渉する事は、」
「まず無理ですね」
 しかし困ったようにアインは笑った。
「でも何事にも規格外という方々はいるみたいで……初めての時は怖かったですよ。何せ自分じゃどうすれば良いのか分からないもので、相当大変でした」
「その初めての人は大丈夫だったの? むしろ人なの?」
「私が始めて会ったのは人でした。名前はカインさんと言うんですけど、彼女は見つけた私にこれをくれたんですよ」
 アインが右手の袖を捲る。
 そこには小さな銀の星型のブレスレットがあり、星の周囲は赤い宝石で装飾されていた。
「干渉者が渡しに害を為す時は、このペンダントが助けてくれるそうです」
「そりゃまた凄い物なんだな」
「えぇ自作のアーティファクトなんだそうです。あ、アーティファクトというのは特殊な力を持った道具の事を指します」
 丁寧に分からない単語を説明してくれるアイン。アーティファクトかぁ。
「簡単にアーティファクトなんて作れないのに、作れる彼女は正しく魔女と呼ばれる存在何だと思わされました」
「魔女?」
「厳密に決まりは無いんですが、身に余る膨大な力を使う方達を指す単語の一つです。ただ彼女の場合は身に余る所か余りえない所が凄いんですけど」
 アインは凄く嬉しそうで、余程そのカインという人の事が好きなんだろう。
「まぁなんだ、アインに危険が無いなら少し安心したよ」
「と言いますと……心配してくれたんですか?」
「そりゃ心配するだろ」
「うっ……えっ……えーーー!」
 真っ赤になって視線が泳ぎ始めるアイン。
「知り合いが傷つくのは嫌に決まってるだろ?」
「あっ」
 アインの顔の朱が少し治まってくる。残念そうにも見える。
「ですよねっ! 私ったら何を考えて……」
「だけどアインは特に心配だ」
「……本当に?」
「あぁ本当だ」
「……ありがとうございます」
 また顔が赤くなるアイン。
「そういえばさ、」
 二の句を告げる前にアインがベンチから立ち上がった。
 さっきまでの女の子らしい表情とは変わって、真面目な顔つきだった。
「すみません。どうやら観察対象の方に動きがあったみたいで、行かなきゃいけなくなっちゃいました」
「ん、そうか」
 どうやら今日はこれで終わりのようだ。
「また一緒に話せる時に……次の時は今回の観察の語りをお土産にしますねっ」
「楽しみに待ってるよアイン」
「はいっ! それではまた」
「いってらっしゃい」
「いってきます!」
 アインは笑顔で言ってくれた。


 来た時と同じようにアインは音も無く去っていった。
 そしてアインが去ってから徐々に公園に人が集まってくる。
「あーそうだな」
 だから俺はもう一度ベンチに深く腰をかけた。
 今日の予定は日向ぼっこに決定。
 大人の井戸端会議の声や、子供達の喧騒を聴きながら俺は眠りにつく。
 でもその前に。
 俺はゆっくりと、寝る前にアインが何かしていた頬に触れた。
 気のせいなのは分かっていたが彼女の温もりを感じたような気がした。


 了


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