ハンカチ
高校の昼休みの教室。
それぞれ、食堂に行く者、教室に残って弁当を広げるものと様々に過ごしている。
それは、高校二年生である勇治と正吾にも言えることだった。
彼らは食堂組ではなく、教室組だったので普段から二人一緒に昼飯を食べている。
今日も変わらず自分達の席を繋げていた。
「つーかさ今更なんだけどよ、何でいっつも俺ら机繋げてるわけ?」
机を繋げ終わった勇治に向かって正吾が問いかける。
勇治は少し考えた。
確かに、周りを見ても自分達しか机を繋げていない。
「……習慣とか日課とかそんな感じかな」
「まぁそう言われればそんなもんか」
簡単に納得する正吾を見ながら勇治は、もう少しだけ考えてみる。
なんか前に正吾とその事で揉めた様な気もする。
しかし、思い出せないのでそういう事にしておく方が良いと判断した。
周りの喧騒を見ながら、勇治達は他愛も無い話をして箸を進めていく。
その時、勇治達の隣で騒いでいた男子が友達に押された拍子で勇治達の机に当たった。
衝撃でずれた机が、運悪く飲み物を飲んでいた正吾の腹を押した。
「!? ぶはああああぁぁ!!! ゲホッゲホッ」
涙目の正吾は、机を押した男子を小突きに行く。ぐしゃぐしゃの面で。
勇治は、顔ぐらい拭いてから行けよと突っ込みを入れようとも思ったが、机に盛大に飛び散った机を拭くほうを先にした。
ポケットからハンカチを取り出して自分の机と正吾の机を拭く。
あらかた吹き終わると先程の男子を小突いてきた正吾が帰ってきた。
「ったくあの野郎。飯食ってるってこと考えろよな……ん?」
正吾は勇治が拭くのに使っていたハンカチに間が止まる。
「勇治。そのハンカチさ結構年季入ってないか?」
正吾が気になったハンカチは、全体的に洗濯で色落ちしているが元々は蒼一色だったと思われ、所々がほつれているものだった。
「あぁ。このハンカチ小学校位に貰った物なんだよ」
拭いて汚れてしまったハンカチを正吾の目の前で広げる勇治。
「使い続けたら何か愛着湧いちゃって…この年まで使っちまった」
その言葉を聞いた正吾はいぶかしんだ後、にんまりと笑った。人を小ばかにしたような顔つきだ。
「それだけか? 誰かから貰ったんじゃないかぁ? 例えば女とかな」
「うっ!?」
「その反応は図星だな!」
勇治は、正吾のこういう時に鼻が聞くのはどうだろうかと友人相手の時に常々思っていた。
そしていざ自分に矛先が向かうとこうももどかしい気持ちにさせられると思わなかった。
「別に面白い話じゃないぞ? 普通の話だって」
「いーや俺の直感が面白いと言っている」
そんな直感今すぐ捨ててしまえ。
「……分かったよ」
勇治は観念して昔の事を語り始めた。
† † † † †
それは小学校三年生の頃だった。
勇治のクラスの中での人気は普通で、友達関係もクラスの全員と仲が良かった。
たった一人の女の子を除けば。
その女の子からしても勇治以外の全員と仲が良かった筈で、唯一勇治とだけ仲が悪かった。
理由は今の勇治でも分からない。
顔を合わす度に口喧嘩をして、取っ組み合いの喧嘩になる。
そんな毎日が続いたある日。
三月の終業式の前に、勇治の親の転勤が決まってしまった。
クラスでお別れ会をした。
その時の女の子は顔を合わせても喧嘩にはならなかったが、口をきいてはくれなかった。
お別れ会が終わって学校の校門を出た時、勇治は声を掛けられた。
振り向いた勇治は驚いた。
声を掛けたのはいつも喧嘩していた女の子だったから。
女の子は勇治に近づくと、いつもと違って優しい口調で言った。
「勇治がいなくなったら寂しいじゃない……」
その時、勇治は気づいた。
このクラスの中で一番長い時間一緒にいたのはこの女の子だった事に。
だから何か言わなきゃいけないと思った。
しかし勇治が声を掛ける前に、彼女は勇治の目の前にある物を出した。
それは蒼い空色のハンカチ。
それを、いつの間にかもう片方の手に持っていた鋏で半分に切り裂き、勇治の手に無理やり持たせる。
「勇治にまた会った時に分かるようにあげる」
「……うん」
「会うまで持っててね! ん、それと……」
女の子の顔が朱に染まっていく。
勇治が何だろうと思った瞬間。
女の子が身を乗り出し、勇治の口にキスをした。
すぐに身を離し、そっぽを向く女の子と呆然とする勇治。
「……約束だからね!」
女の子は、はにかんだ笑みでそう言った後に学校の方へ走って行ってしまった。
呆然として立ち尽くし、片手に蒼い空色のハンカチを持った勇治だけがそこに残された。
† † † † †
「以上がこのハンカチに込められた思い出だ」
赤面する勇治の前には、意外にも真剣な顔をした正吾がいた。
「……なぁそれってお前の初チュウ?」
チュウじゃなくてキスと呼べと勇治は思ったが、しばらくした後に首を縦に振るしかなかった。
その瞬間。
「はーはっはっはっはっはっはっは!!!! ひーーーーーありえねーーー!!!」
隣の教室に響き渡るほどに爆笑し始める正吾。
とりあえず勇治は正吾の顔を引っ叩く。
「黙れ」
「いっててて…だってお前さ! どこの漫画だよそれ!!! ってちょっと待てパーよりグーの方が痛ぇから」
振り上げた拳を勇治は舌打ちしてから収める。
「しかし、その女凄えな。普通キスするか?」
「そこに関しては俺も同意だが…その後のはにかんだ顔は結構ぐっときたぞ」
正吾の顔が先程の爆笑顔になり始めたのを認識した後、勇治の鉄拳が今度こそ正吾の頬に炸裂した。
「つうかまだ痛いんすけど……マジで殴るかよ普通……」
「人の思い出を笑った馬鹿の末路だ。気にするな」
文句を垂れる正吾に向かって勇治は言う。
勇治は時計を確認する。
もうすぐ昼休みが終わりそうだ。
すっと立ち上がり教室を出る勇治を正吾が呼び止める。
「もう昼休み終わりだぞ?」
振り向いて勇治は言う。
「お前の飲み物で、汚れたままにしとくのは嫌なんだよ」
そう言って勇治はハンカチを洗いに行った。
了
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